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なぜ日本では寝たきりが多いの?介護する側とされる側の心の違い

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国民の高齢化が進んでいく一方で、どのような老後を迎えるか、ということは今の切実なテーマとなってきています。誰でも元気な老後を送りたいと思っているはずなのに、実際は寝たきりが非常に多いのが今の日本の現状です。

しかし海外、とくに北欧諸国では医療・福祉への取り組み方が根本的に日本とは違い、そもそも寝たきりの高齢者はほとんどいないと聞きます。

今回は社会と医療体制、そして家庭内での介護する側とされる側の問題を探っていきたいと思います。

平均寿命と健康寿命の悲しい開き

寝たきりになりたい人なんていません。しかしそんな全ての人の願いとは逆に今の日本は寝たきりの高齢者が溢れているのが現状です。どうしてこのようなことになってしまったのでしょうか?

それは日本が長寿大国となり、65才以上の高齢者が21%をこえた超高齢化社会に突入したことも大きな原因のひとつではあります。しかし、日本の寝たきり人口の多さはただ単に高齢者が増加しただけが原因ではありません。

「健康寿命」という言葉があります。健康寿命とは自分で身のまわりのことができ、自立して生活できるまでの年齢のことをいいます。人生の終焉を迎える本当の寿命とこの健康寿命との差がないことが理想的ですよね。

しかし年々、平均寿命が延びていくのに対して、この健康寿命との間には大きな開きが生まれてきています。この期間、自立できない高齢者の生活の質は低下し、本人にとってもそして家族にとっても辛い時期となります。

そもそもなぜ寝たきりになってしまうのでしょうか?それには介護される側とする側との両方の立場から考えてみることが大切です。

誰でも必ず迎える老後・・。寝たきりがほとんどいない北欧諸国と日本はいったい何がどう違うのでしょうか?

「老いは自然」という考えの欧米諸国

寝たきりの高齢者がほとんどいないといわれる北欧諸国のスウェーデンやデンマークでは、延命治療は本人も家族も望まないという考えが定着しています。高齢により体が食べ物を受け付けなくなるのは自然のことだと受け止めているからです。

胃ろう(お腹に穴を開けてチューブを入れ、胃に直接、栄養を流し込む)、点滴といった延命治療だけではなく、肺炎をおこしても抗生剤の投与はせず、内服投与だけの治療にとどめることもあります。

日本でも超高齢化社会に入り、同じように胃ろうなどの延命治療を望まない声はかなり高まってきました。つまり北欧諸国と同じように「人工的な栄養で延命させることは自然ではない」という考え方を多くの日本人ももっているということです。

しかし実際の日本での医療現場では胃ろうによる延命治療に疑問の声が上がりつつも多くおこなわれているのが現状です。

「胃ろうが悪い!不自然だ!」と声を上げる前にまず介護をとりまく家庭と医療、福祉の構造から考えてみる必要があります。

代わりにやってあげる、ではない、自立を促すための介護

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寝かせると、寝たきりになる。

この考え方をもとにおこなわれているのが北欧諸国の介護体制です。国民1万人に対して400人ものホームヘルパーがいますが、数が多いだけではなくホームヘルパーの質の良さも強く求められた教育がしっかりとされています。

ホームヘルパー教育では「人間を知ること」から始まり、「高齢者を知る」「家族を知る」という、ただ単に介護の仕方という視点からだけではなく広い視野から学んでいきます。ですから実際のヘルパーの仕事もその教育に基づいた内容となります。

日本での介護ケアといえば、掃除、調理などの支援になりますが、北欧のヘルパーはまず高齢者が自立できるためにはどうすれば良いのか?という考えのもとにそれに沿った援助をしていきます。

ヘルパーが訪問先の家を訪れると、まず高齢者をベッドから起こすことから仕事は始まります。過剰な世話はせず、高齢者の動く能力をつぶさない介護方法をとっていきます。

また車椅子などの補助器具も利用者ひとりひとりに合うように調整され、それを無料で借りることができます。日本でもこのような援助はかなり進んできました。

しかし北欧諸国の援助姿勢が日本と大きく違う点は、「高齢者が自立するための援助に重点を置いている」ということです。

高齢になれば身体の機能が衰えるのは自然であり、ならばそれを補助する道具を使って自力で動けるようにする。

しかし日本の介護姿勢はどうでしょうか?「できなくなったことは代わりにやってあげる」このような考え方になっていると思います。しかし結果的に高齢者の身体をさらに衰えさせることになり、また自立心を奪うことになっていないでしょうか?

寝かせてしまうから、寝たきりになってしまう…北欧諸国の介護姿勢はこうならないための援助であり、また自立心を奪わないということは、高齢者の人格を認め、尊厳していることでもあると思うのです。

家庭医と病院…医療体制の違い

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北欧諸国は医療体制にも力を入れています。しかし日本と大きく違うのは、家庭医の多さです。高齢者は病院に出向かなくても自宅で医療を受けることができるために、老後生活において、本人も、また家族も安心感を得ることができます。

これに対し、日本は「病院に来てください」という医療体制です。実際に医療費の多くを国が負担してくれるため、安く医療を受けることができ、病院はどこも高齢者でいっぱいですよね。

家庭医と病院。医療側にとってどちらが好都合かといえばもちろん病院に来てもらうほうです。家にまで出向く時間、交通費などのリスクを考えたら病院で患者がくるのを待ち、診察した方がよりたくさんの患者を診察することができます。

しかしだからといって「病院で寝たきりになれるのか?」「病院で延命治療することなく終焉を迎えることができるのか?」というとそこは事情が変わってくるのが日本の医療体制です。

延命治療はなにより本人の意志を尊重する

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先に述べたように、ほとんどの人が胃ろうなどの延命治療は望んでいません。厚生労働省が発表した「人生の最終段階における医療に関する意識調査」では、70%の人が胃ろうや点滴などによる延命治療は望まないという回答結果が出ています。

ただ家族の側からすればどうでしょうか?たとえ胃ろうをしてでも一分一秒長生きしてほしいと思う家族もいると思います。自分ではない家族の終焉に対する考え方は実に人それぞれであり、どれが正解だとかはありません。

ですが、筆者個人の考えを述べさせてもらいますと、自分の親が口も聞けないまま、お腹に管を入れられ、そして動けないように拘束されている姿は見たくありません。

しかしこの考えは筆者を含めて一部の人の考えであることも事実で、中には胃ろうに踏み切り、それがきっかけで回復し、延命治療が外れた…という例もあるので「これが正しい」とは言い切れません。

そのため、まず何よりも大切なのは本人の意志です。自分の両親が人生の最終段階であろう治療に入った時に、どうしたいのか?本人に事前に聞いておくことが一番重要なことだと思うのです。

しかし、本人の意向もあり、いざ胃ろうなどの延命治療を拒否しようとすると病院側から退院を促されるという事実があります。

核家族化の問題はここにも!核家族介護の難しさ

現代は昔のように何世代も一緒に住む家族は少なくなりました。核家族化が進み、さらに少子化の影響でますますその傾向が強まってきています。

そうなると、胃ろうなどの延命治療を拒否して病院を退院しなければなくなった時の介護問題が浮上してきます。

もしも、北欧での介護体制のように、家庭医やホームヘルパーの充実さがあれば、事情はかなり変わってきているのではないでしょうか?

実際、介護というのはとても大変です。とても家族だけでは支えきれないものであり、他からの援助が必ず必要です。とくに核家族化が進んでいる現代では高齢者の介護は負担があまりにも大きすぎる問題です。

「できることならば延命治療をせずに自宅で看取ってあげたい」そう強く思う反面、それができない…というのが多くの現状なのではないでしょうか?

老いることに不安のない社会を

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ご紹介してきたように寝たきりの増加という問題は、超高齢化と少子化がさらに進んでいく日本において、さらに大きく難しい課題になっていくでしょう。介護というのは、する側だけでなく、いずれ誰でもされる側になるものです。

介護する側とされる側の心のすれ違いをなくすためには、まず自分だったらこうされたい、こうしたい、と思って行動するのが原点になるのではないでしょうか?

社会を変えるには自分の家族だけに対してだけでなく、すべての高齢者に対しても同じように思えなければいけません。

しかし今の日本では介護が利益重視に傾き加減になってきていないでしょうか?

また、高齢者に対する考え方も良かれと思ってしていることが実際は寝たきりという結果を多く生み出していないでしょうか?

全ての人が老いることに不安感を抱かなくても良い社会が来ることを願ってやみません。

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