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元気をなくしても、この言葉や名言があれば、もう大丈夫!

元気をなくしたら読むマービン・トケイヤーの名著

あまり本の中の名言や言葉から元気をもらったりしたことのない私ですが、“この本だけは手放したくない”という宝物のような本が何冊かあります。その中の一冊がマービン・トケイヤーというユダヤの人が綴った名著です。

ユダヤ人というのは世界に稀なほどユーモアを大事にする民族で、非常に機知に富んでいる人たちなのだなということが、一行の中から滲み出てくる感じでした。読みながらケタケタ笑ってしまうのは一度や二度ではありません。

『勇気と希望は自分が捨てないかぎり、他人が奪うことはできない』

ご存じのとおり、ユダヤ人は迫害と誹謗・中傷の歴史を生きた民族で、専門家のあいだでも「流浪の民人」などと評されています。後にイスラエルの建国という悲願を達成するのですが、彼らの努力にはほんとうに頭の下がる思いです。

未来も目標も、それを諦めないかぎり自分の中から去って行くことはないのだということを教えてくれたのがこの名言です。見方を変えれば、すべての責任は、ぜんぶ自分にあると言われているのと同然ですから、とても厳しい言葉でもあります。

『どうしたの?誰も、キミを殺したりはしないよ』

大手のある広告代理店とキャンペーンのプレゼンテーションに向かっているとき、タクシーに同乗したシニアディレクターが、落ち込んでいる私を見てそっと声をかけてくれました。『どうしたの?誰もキミを殺したりはしないよ』・・・。

怒られて当然、始末書やクビを言い渡されても仕方ない、そう思っていた代理店のトップから、思いもかけない言葉をかけられて、私はこのときほど人間の包容力のすごさ・大切さを思い知らされたことはありませんでした。

『転んだら、そこに手をついて立ち上がるしかないんだ!』

学生時代、私がスランプに陥っていたとき、クラブの先輩がかけてくれた言葉です。「転んだとき、お前は這って行って違うところで立ち上がるのか?子どもでもないのに誰かの手を借りて立つのか?」とひどく怒られました。自らの力で立ち上がる努力を教えられたのがこの言葉でした。

『ツバサは小さく縮めるから羽ばたける。いまは縮めるときだよ』

経営していた事務所の運営が行き詰まって、長年お世話になったオフィスを整理し、不動産屋さんに鍵を返しに行きました。体中の力が抜け、明日のことを何も考えられなくなっていた状態のとき、担当の不動産屋さんが憔悴しきっていた私を見て贈ってくれた言葉です。忘れられない名言となりました。

『君よ、一生を劇の如く!』

骨折して入院。思ったより深刻な状態で、退院の見通しが立たなくなりました。二十歳を過ぎたばかりで「これから!」と未来を夢見ていた時期、不安と焦りでいっぱいだった自分に「小説の中の一節だ」と言って、見舞いに来た同僚がくれた一言です。これも自分の人生の一幕なんだと勇気を取り戻せました。

『人間の足は、前に向かって歩いて行くようにできている』

たしか思想家・哲学者の本の中に出てくる言葉です。その思想家は行きつけの居酒屋で論争となり、答えを見出せないまま夜明けを迎えます。「出直してきたらどうだ」と揶揄する仲間に向かって、彼はそう言い返した次の瞬間、答えを見つけます。前向きに考えれば何事も克服できることを教えています。

『貸し売りはイヤよ。貸せば、あなたが来なくなる』

会社に就職した新人のころ、毎日のように通っていた居酒屋の貼り紙にあった名言です。安月給だった当時、「もしかしてこの気さくな店ならツケで呑めるかも」と思っていましたが、この貼り紙に出会って潔く諦めました。誰が考えたかはわかりませんが、浮世の中の立派な名言ではないかと思っています。

『努力にもいろいろある。頭を使って効率的な努力をしなさい!』

根性とやる気のある努力なら、いつかは必ず報われる。そう思い一生懸命仕事に打ち込んでいたころ、会社の社長からいただいた言葉です。俗に言う根性論がまだ生き残っていた時代で、合理性や分析力・データ収集力に力点が移り始めたころでした。“発想の転換、努力の仕方”がいかに重要かを知らされました。

『君のようになりたいと思う人間を、一人つくればそれでいい』

あちらこちらで社会貢献が叫ばれ、企業も個人もそれをめざしていたころです。社会貢献とは特別なことを行ったりめざしたりすることではなく、自分が規範となっていまある仕事を一生懸命にすること。後につづく人は、社会のための立派な人材になる、それがもっとも大事な社会貢献であると教えられた一言です。

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