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食事療法でダメなら一食抜き「胃痛から解放する断食の劇的効果」

「私はすぐに胃がもたれるので、消化の良い物しか食べないから」と語る人がいる一方で、「生まれつき胃は丈夫なのか、柔らかな食べ物はどうも物足りなくて」と言う人がいます。

相反する物の関係で成り立つ世界

実に世の中には、いろいろな人が居るものです。ところが、どうも家庭の中でも、胃の弱い人と胃の強い人が存在する、それも丁度半分ずつで拮抗している、そんな気がしてならないのです。勿論、実際に統計を取ったら、完全に半々になっているのかどうか、その正確なところは分かりません。でもここで皆さん、心当たりのある家族を、幾つか思い浮かべてみて下さい。

家族は胃の良し悪しで、二派に分かれる

例えば、家族が四人いれば、その内の二人が胃に悩みを抱え、残る二人は胃が丈夫そのものだったりしませんか?これが仮に二人家族なら、どちらか一人が「胸焼けがねえ」などと苦しみ、もう一人は「食べるのは平気」なんて言ったりするものです。

「そんな馬鹿な…」と言われるかも知れませんが、本当にそんな気がしませんか?それでは、三人の場合はどうなのか、という問題ですが、これは多分一人が胃が弱くて、もう一人の胃が丈夫なら、残る一人はどちらでもないと言うか、要は両方の要素を兼ね備えているのではないでしょうか。

この様に胃一つとっても、あくまでも大雑把な印象に過ぎませんが、殆どの場合と言って良い程、弱い人と強い人が半々で、家族が構成されているものです。勿論、家族全員が胃の病気を持っている場合もあるでしょうから、この話に対して「一体何を言っているのか?」と違和感を持つ方がおられるかも知れません。

でも、それらの病気はあくまでも、様々な要因の組み合わせにより、導き出された結果に過ぎません。そういう結果的な話ではなく、持って生まれた胃の性質が、良い方と悪い方ではどちらかに属しているという意味なのです。

更に言えば、その胃の良し悪しが現れる部分は、性質よりも体質と表現する方が、より的を射ているかも知れません。そんな訳で、胃の弱い人と胃の丈夫な人、その真逆の体質を持つ人が、ほぼ同じ数だけ集まって、家族を作っている訳ですが、改めてよく考えれば、不思議な現象と言うより他ありません。

世界が相反する二つの物から成り立つ

何故でしょうか?多分こうでしょう。真にこの世の一切は「相対の関係」にあります。例えば、男と女、上と下、大人と子供、右と左、中と外、前と後ろ…それこそ挙げ始めたら際限がない位で、実に世界は「全ては相反する二つの物の組み合わせ」から成り立っているのです。

だからこそ胃に関しても、良い人と悪い人が同じ数だけ、向かい合って共存するのに違いありません。という事は、男女が出会った場合も、本人達が気が付かない間に、胃の良い人と悪い人が互いに惹かれ合って、一つの家庭を築くと考えられます。こ

れは、もし万物の創造主が存在するとすればの話ですが、人間に家族を構築させる際に、相反する関係の法則を適用しているから、としか考えられません。

胃の弱い人は神経質、胃の丈夫な人は突進型

更に面白いのは、往々にして胃の弱い人の身体には神経質な傾向があり、胃の丈夫な人の身体には突進型の傾向があるものです。これは誰が聞いても、納得できる話でしょう。

別段、神経質な性質ではなくても、元々胃の丈夫な体質であった場合でも、進路を決定するイベントの直前とか、大勢の観客が見る前で記録を更新する必要があるとか…そんな緊張に迫られる場面に遭遇すれば、誰だって自宅などで人知れず胃痛を起こして、しばらく動けなくなる可能性はありますから。

これは、胃を患う時には人は皆、物事に対して楽観的ではいられない、そんな状況に置かれている事に他なりません。結局のところ、その神経質な悲観的な心が現れる頻度の高い人が、言うなれば「神経質な人」であり「悲観的な人」である訳です。

心の癖が万病を呼ぶ法則

ところで、話が少々拡大しますが、人間の体に出現する病気と、人間の長年の心の持ち方との間には、実は法則の類の因果関係があるというのは、知る人ぞ知る興味深い話題となっています。

あらゆる病気には、心癖との因果関係がある

初めて聞いた読者の方は、さぞ戸惑われるでしょうが、身体に特化する感のある西洋医学の分野ですら、現代では心の持ち方の問題がクローズアップされる様に変化しつつありますから、今なら何となく同感できる方も多いのではないでしょうか。

この様に、人間の「身体と精神」と言うと少し違うのですが、人間の「体と心の癖」の間には、法則にも似た因果関係が存在するのです。例えば、リウマチを患うに人は必ずと言って良い程、潔癖な性質が見られるというのは、医療の関係者の間では不思議そうに語られる話です。

しかもその潔癖が極端なレベルで、常に他人の作業効率が不満で耐えられず、全部自分が手を出した挙句に取り上げてしまう、という事だそうです。言うなれば、出したい手が動かなくなる訳ですから、誰かに止められているのか、と解釈したくもなりますよね。

実は、このテーマは、某宗教関係で説かれる場合もあるのですが、また稿を改めてご紹介する予定です。

胃の弱い人は神経質を克服する必要がある

ただ、完全に胃の病から解放されたければ、先ずは心の持ち方の傾向である神経質な部分、この点から改める必要があると言えるでしょう。

胃が弱いピリピリ型と、胃が強いバリバリ型

そこでこの神経質と突進型の体質について、こういう表現をすると語弊があるかも知れませんが、非常に分かり易くなる言葉があるので、敢えて筆者の独断で置き換えましょう。

食が細い「ピリピリ型」、大食の「バリバリ型」

実は、胃の弱い人は神経を「ピリピリ」させるタイプなのに対して、胃の丈夫な人は体力で「バリバリ」突進するタイプなのです。何だか、無理やり分類したりして、茶化しているのかと叱られそうですが、これは至って真面目なお話ですから…。

そうです。神経質な「ピリピリ型」の胃が弱く、体力突進の「バリバリ型」の胃が丈夫なのです。従って、当然の事ながら、ピリピリ型の常に食が細いのに対し、バリバリ型の食欲には底なしの傾向があります。

勿論、バリバリ型だってダイエットに取り組む時等、何とでも自制は可能ですから、そんな十把一絡げに大食いに振り分けられると、迷惑千万なことこの上ありません。然しながら、バリバリ型は、仕事で命じられる等必要に迫られた場合には、大食いなどいくらでもできる体質を持っているものです。

要は、「恥ずかしいから自発的には決してしないけれども、食べようと思えばいくらでも際限なく食べられる」というのが、胃の頑丈なバリバリ型の特徴なのですね。それにひきかえピリピリ型にとっては、「大食いしろ」だなんてとんでもない、迷惑な話以外の何物でもありません。

従って、普段の食事でも一回分を、わざわざ小分けして食べたりするのですね。或いは、そこまでしないで普通に一回分の量を食べ終わる人でも、お皿に端に必ず何か一口は残さないと、私はどうしても気が済まない…という性癖があったりするのですね。

「ピリピリ型」と「バリバリ型」が増殖する

皆さんもここまで聞いたら、「我が家も同じだ!」と思われませんか?そう、今現在病気を持っているかどうかは別にして、先天的な体質に目を向けて考える限り、何処の家庭も似たり寄ったりに違いありません。

こういう「ピリピリ型」と「バリバリ型」が、出会った時に惹かれあって結婚して、自分と同類の子孫を増やし続けるからこそ、ピリピリ型とバリバリ型が同じ数だけ増殖して行くのです。だからこそ、どこの家庭でも、胃の弱いピリピリ型と胃の丈夫なバリバリ型が、似た様な数で競り合っているのですね。

神経質を治して胃を治す方が合理的

もう読者の皆さんは、ご自分が何型なのか、完全に分かっておられると思います。

心癖「神経質」を治して胃を治そう

では仮に皆さんが、胃が弱くて食の細い神経質な「ピリピリ型」だった場合、どうすれば胃の悩みから解放されるのかという問題ですが、これももうお気付きですね?

そうです。元々頭脳明晰な傾向がある訳ですから、持って生まれた性向に自信を持った上で、この後はせめて神経をピリピリさせない様に意図的に注意を払い、できるだけノホホンと構えて生きる様にする、先ずこれが重要な点です。言うなれば、原因となる心癖を改める事により、結果として現れた病気を克服する、という方法です。

コントロール不能な内臓

「何を言うか!胃が悪いからこそ、神経質になっているのだ」と叱られるかも知れません。それでも、胃を改善した結果、神経が大まかになるよりも、先に神経を含めた心をゆったりさせ、その作用で自然に胃が改善する方が、簡単に実現するのではないかと思いますけれどね。

何故でしょうか?それは人間の体内の臓器は、自分の意志では制御が不可能だからです。それに比べると人間の心は、まだ自発的なコントロールが可能です。勿論、長年かかって染み付いた心の持ち方の傾向が、そんなに簡単に変更できるのだったら、誰だってこんなに苦労はしません。

それでも、内臓と比較すれば、心の癖を改める方がまだ実現する可能性は少しでもあるのですから、是非ぜひこちらの側から攻略して欲しいものですね。

戦時中には胃の病が無かった

ところが実は、この一切が相対関係にある法則は、何も家族同士の比較の中に現れるだけではありません。何故なら、二つ以上の時代を照らし合わせた時にも、この相対の法則が見え隠れするからです。その良い例が、飽食の時代と飢餓の時代の比較です。

後世の常識かも知れない、胃腸病を断食で治す方法

では、ようやく核心の部分のさわりに、お話を進めてまいりましょう。それこそが胃腸病を断食で治す方法に他なりません。「どうして?栄養バランスの問題を無視して、病気が治る訳ないじゃないの」と言われるかも知れません。

でも、それはあくまでも、学問の世界での常識に過ぎません。即ち、想像以上の幾多の世界を体験して来た人物は、往々にして度肝を抜く様な非常識な発言をしますが、意外にも後の時代に振り返った時に、あの人の話が真実になってしまった、という経験をされたことがないでしょうか?

飽食の時代を生きる

それでは、飽食の問題からご説明を始めましょう。ご存じの通り、現代は飽食の時代と言われます。勿論、飢餓状態に置かれている国々も存在しますから、地球規模で飽食等と言っては間違いです。従って、飽食と飢餓の関係は、時代毎の比較だけではなく、地域間の格差をも抱えている訳です。

それでも、少なくとも我が国に於いては、余程特異な環境に置かれでもしない限り、現代人は飽食の時代を生きている訳です。従って、日本人を対象とする文章の中で、「現代は飽食の時代である」と定義するのは、決して間違いではないでしょう。

戦時中には胃腸病は存在しなかった

さて筆者は先日、胃腸病について取材した親族の高齢男性から、非常に興味深い話を聞かされました。それは「戦争中には、弱い人から順番に死んで行った。戦時中に病気になれば、死ぬしかなかったのだ」という、背筋も凍る話から始まりました。

勿論、こうした話は「平和な時代に生を受けた巡り合せにお互いに感謝して、皆で助け合って病気を治しましょう」という風に、前向きに受け止める目的で皆さんにご紹介しているのは、改めてお断りするまでもありません。

ただ、その中でも強烈に印象的だったのが、「戦時中には胃腸病は存在しなかった」という言葉です。実は取材に応じてくれた人物は、徴兵される程の高い年齢ではなかったけれども、学徒動員に派遣されるには充分の年齢でした。

従って、第二次世界大戦の生き証人ですから、その言葉には圧倒的な重みがあります。その彼が悲観的な声色ではあるけれども「戦時中には胃腸病は無かった」と発言したのです。

こう聞くと、「戦争で何もかもが不自由なので、誰もが胃腸病になっても医院で治療を受けず、自宅療養で我慢していたのではない?だから胃腸病の患者発生の報告が、医療機関の側に上がらなかっただけではないの?」と言いたくもなります。

ところが、事実はそういう常識では測れない問題であると判明しました。何と戦時中には「胃腸病の発症自体が無かった」と言うのですね。これは驚くべき発言です。その理由は何でしょうか?もう読者の皆さんはお分かりですね。

そうです。「食べ物がないから」です。何しろ薬だって満足に調達できない時代です。食物がないから、それ以外には理由は考えられません。

胃の病も断食すれば治る可能性がある

但し、この革新的な発言は何も筆者が取材した人物が、史上初で放った訳ではありません。何故なら、筆者が数十年前に読んだ書籍の著者も、「戦時中は皆お腹を空かせていたけれど、誰も胃腸病になんてかからなかった」という意味の話を、それこそ独創的な信念を熱心に訴えていたからです。

粉ミルク療法と呼ばれる断食療法

実は、その著者は道場に癌患者を集め、「断食療法により末期癌から生還させる」という治療を続ける、独創的な民間療法を実践する人物でした。それは、末期癌の患者に対して病院での放射線やコバルト等の治療を辞めさせ、道場に寝泊まりさせて断食の方法を体得させる方法です。

とは言え、人間が本当に何も飲食しないでは、生命が保てる筈もありませんから、断食を補う形で必要最低限の栄養補給はする必要があります。それが、乳児用粉ミルクの成人に対する活用であり、「粉ミルク療法」による断食療法で成果を上げる癌治療として有名でした。

事実、その粉ミルク療法に代表される断食療法が功を奏し、余命何ヶ月と宣告されたにも拘らず、末期癌から生還する人が続々と出現したのです。例えば、著名な女性作家ですが、彼女の粉ミルク療法との関わりは有名な話です。

更には、無名の人々の間にも、この療法に傾倒する者は続出し、余命を宣告した病院とは絶縁して、道場に宿泊して断食を習得した結果、癌と共存する方針で長生きできている、という体験談も数多く紹介された位です。

断食療法には試す価値はある

勿論、「あんなのはインチキだ」と頑として認めない人物は、西洋医学の医師だけではなく、一般の人々の間にも存在しました。中には、「粉ミルク療法が効くのは胃癌だけだよ。実際、肺癌には手が出なかったじゃないか」という声も、筆者は身近な人物から聞かされた経験があります。

「えっ?という事は、胃癌には効くんですよね?だったらインチキだろうが何だろうが、胃癌の人は断食療法をやれば良いじゃないですか!」と言いたくなりますよね。まして、癌以外の胃の病気の人であっても、断食が胃全体に良い効果をもたらす、少なくともそんな可能性を持つ療法である以上、大いに断食療法に取り組めば良いのです。

西洋医学と東洋医学の共存が必要

それにしても、どうして100パーセントの効果が証明できていなければ、胡散臭い目で見られるのでしょうか?

西洋医学とは異なり、民間療法は玉石混合

まして数十年前であれば、漢方や民間療法に対する偏見は、現代よりも根強く残る時代です。当然、東洋医学に対しては「西洋医学よりも劣ったもの」という、偏った見方が幅を利かせていたのです。

従って、その民間療法家に傾倒して協力を惜しまない、そんな西洋医学の医師からの寄稿もあって、心の底から感動させられたのを、筆者は今でも覚えています。でも、そういう医師はどうしても少数派であって、あくまでも異色な存在に過ぎず、やはりその民間療法家は西洋医学の医師の大部分から、かなりの迫害を受けていた様子です。

それは当然と言えば当然の現象かも知れません。何しろ民間療法を施す人物の中には、確かに病人の救済を使命とする人格者もいますが、中には本当に金儲けしか考えていない悪徳業者も混在しているからです。

まさに、民間療法の施術師は玉石混合とも言うべき世界に居るのです。当然、知識階級に属する西洋医学の医師であれば、いかに悪徳と言われてもある程度は選別された人物である訳で、その辺に大きな違いがあると言われても仕方がないのです。

治る可能性がある療法は試すべき

然しながら、病魔に侵されて藁をもすがる思いの患者の側にとっては、仮に成功率が100パーセントでなかったとしても、要はその治療で自分だけが治れば済む訳です。従って、「他の患者は治せなかったなんて、そんな事知るものか」というのが、一般的な患者の本音である、と言っても差し支えありません。

当然の事ながら、その治療法の側に、自分の身体に害を及ぼす危険性が何パーセントでも存在する、とでも言うのなら話は又別であって、治療を受けるか否かについては、慎重に検討する必要があるのは、改めて申し上げるまでもありません。

でも、危険が及ぶ確率が0パーセントだと分かっている場合には、たとえ治癒しない確率が仮に八割か九割にも上るものであっても、その一割か二割の快復する方の確率に賭けてその治療を受けるべきです。これは誰に聞いても、もはや選択の余地もない当然の決定だと言える筈です。

西洋医学を信仰する錯覚

それにも拘らず西洋医学が、科学的に効果を証明できない民間療法に対し、もしくは数値に換算できない治療法に対し、不信感を露わにするとすれば、それは「西洋医学が患者の立場ではなく、自然科学の側に立って患者を診るからである」と断言しても差支えないでしょう。

従って、以前にも筆者は何処かで書いた様な記憶があるのですが、誰かの手記に登場した「新興宗教や民間療法の接近は腹立たしい。私は現代医学だけを信じている」という言葉には違和感を覚えます。

何故ならばその言葉からは、「本気で家族の生命を救済したい」という願望が遠のき、「この医師の研究発展の為なら、家族の命を捧げても構わない」という、患者の立場では有り得ない、世にも恐ろしい錯覚に陥っている姿が見えて来るからです。

即ち、この状況は、医師の間に蔓延する西洋医学を信仰する心理に、患者の家族も無意識の間に巻き込まれて洗脳されている、それ以外の何物でもありません。言うまでもなく、西洋医学は自然科学の一部です。

然しながら、この様に他の物を一切受け付けない程それを崇拝するならば、もはやその人物にとって西洋医学とは宗教以外の何物でもありません。その場合は、むしろ民間療法や新興宗教の方が、その人物に対して冷静な助言をしている、と結論付けざるを得ないのですね。

断食に取り組む方法

それでは、胃の病気にかかったら、神経質な心の持ち方を治す以外には、民間療法の断食に取り組めば良いのですね?その通りです。

断食の前に一食抜きから

とは言え、別に粉ミルクを飲まなくても構いません。もう素人療法そのものでも、何でも良いではありませんか。要は、胃癌に有効ならば、胃腸病全体に対しても効果が出る可能性がある訳ですよね。

だったら、胃の病に悩む人は、その断食療法とやらを、自分の生活に取り入れたら良いではありませんか!ある意味、こんなに簡単な療法もないでしょう。極端な話、一食抜くだけで、何もしなくて良いのですから。

当然、食費も浮けば、買い物や調理等の労力だって省けます。ここで、「え?断食と一食抜きでは違うでしょう?」と聞かれるかも知れません。勿論、正式な断食を実施するには、それこそ専門の道場を探す必要があります。でも、取り敢えずは、一食抜きから開始してはいかがでしょうか?

食事をしない危険も認識

ところが世の中には、胃痛だからと言って一食でも抜くと、胃酸の分泌が増えて胃に悪い、と反対する向きもあります。この他、胃痛の原因は「慢性胃炎」とは限らず、「胃潰瘍」や「十二指腸潰瘍」「萎縮性胃炎」の場合もあるのだから、自己判断で放置せずに専門医の元で検査を受けるべきだ、という専門家からの助言もあります。

勿論、世の中には、西洋医学の医療事故が原因で命を落とす人がいるのと同様に、怪しげな民間療法に賭けた為に、本来ならば助かる筈だった命を落とす人もいる訳です。従って、これ等は一理も二理もある助言として、全ての人が心に留め置く知識だと言えますが、手始めの段階で一食抜きに取り組む行為まで、頭から否定される必要はないでしょう。

全身に劇的な効果をもたらす断食

ただ、一食抜きならぬ断食となると、有り難い事に最近では、西洋医学の医師の中にも、好意的な理解が進む傾向がみられます。

断食の効果のメカニズム

事実、ある医院では断食を積極的に取り入れ、以下のようなメカニズムを公表しています。

食物が体内に入って来ない
→脂肪に蓄積されたグリコーゲンがエネルギーとして使用される
→脂肪の燃焼が加速する
→毒素が排出されるデトックス効果が生まれる
→腸内環境が整う
→消化から解放されたエネルギーが免疫力の向上を促進する

なるほど…脂肪の燃焼、デトックス…見るからに気持ちの良さそうな、体に良い作用が並んでいますね。

断食は後に出る宿便が強烈

それから、指導者の元で正式な断食に取り組むと、宿便が出るというのはかなり有名な話です。因みに宿便とは、普通の便とは似て非なる物ですから、注意が必要です。と言うのは何と、色と粘度が書道用の墨の汁の様な液体で、臭気はドブのメタンガスを何百倍にもした様な強烈なものだからです。

まさに体験者にしか分からない、真に驚くべき情報ではありませんか。そりゃ、こんな不気味な物体が体内から排出されるのだから、大掃除がなされた身体が清浄になるのも道理で、病気が治るどころか体質まで生まれ変わるのは、もう誰にだって確信できますよね。

それにしても…こうした特殊な便を日常生活で出す機会を、大部分の人が持っていない以上、この宿便は殆どの人の腸内に蓄積している、という事になります。仮に胃腸病でなくても、こんな汚物が体内にあると分かれば、とても放置などできません。この汚い宿便を今直ぐ、全部追い出してしまおうではありませんか。

断食に取り組み胃腸病からの解放を

手始めに一食抜きから開始して、もし手応えを感じたら是非、今度は指導者を訪ねて、本格的な断食に取り組んで下さい。その結果、体質が根本から改善され、胃腸病からの劇的な解放が訪れたら、本当に素晴らしいではありませんか。

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