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うつ病に卒業宣言です!完治したその後に待ち受けるものとは?

うつ病を発症しますと、最初の頃、ひたすら脳を休めている状態にある本人はともかくとして、ご家族からすれば、一月もかからないで治るのではないかと考える方のほうが、多いのではないでしょうか?ところが、治療期間も月の単位となってまいりますと、本当に完治するのだろうかということが気になり始めます。

そして幸いにも完治した場合、その後のことも気になるのであります。それは、うつ病が再発しないかどうかという点が心配になってくるからです。うつ病は、再発しやすい病気とも言われておりますからね。ここでは、あるうつ病患者さんの完治に至るまでの流れと、その後を家族の視点で追いかけてみたいと思います。

うつ病と診断された新社会人

これは、ある女性のうつ病患者さんのお話になります。この方は専門学校に在学中、幼稚園教諭の資格を取得して、卒業後に某幼稚園に就職しました。新卒者ですから、4月に1日から新社会人でした。ところが働き出して3週間経過した時、パニック障害の発作を起こして救急車騒ぎとなり、翌日には心療内科クリニックで“うつ病”と診断されてしまったのです。

脳障害を起こしていると言われて

ご家族の方からすれば、医師から“うつ病”と診断されるだけでもショックなことなのに、その後医師の口から出てきた言葉が「脳障害を起こしていますね」というものだったそうです。

うつ病という病名だけならばともかくとして、“脳障害”という言葉は重すぎました。この時から、家族としては必ず治ると信じていながらも、本当に完治するのだろうか?という思いもまた、頭をよぎるわけであります。

幼稚園の先生となる夢が叶い、そして散った日

その女性の患者さんは、高校生の時から幼稚園の先生になることを希望して、最短で資格取得できる専門学校を選択しました。そして資格取得後、専門学校を卒業して、晴れて幼稚園の先生となることができました。ところが彼女を待ち受けていたのは4月1日付入園、4月1日付けで年長組の担任という重責でした。

社会人未経験の新人幼稚園教諭が、いきなり難しい年長組の担任になってしまったんですね。彼女の自律神経は、圧倒的なプレッシャーの前に、たった3週間で崩壊してしまいました。

ひたすら眠り続ける日々

主治医から脳障害と言われてから、ひたすら眠る日々が続きます。そんな姿を見てご家族は、治ると信じつつも、やはり本当に完治するのだろうか?という考えが頭をよぎります。ひたすら眠り続ける日々は、3週間ほど続きました。そこからは、活動への欲求が生まれて多少は行動的になるはずでした。

無表情で過ごす回復期

回復期に入れば、もっと活動的になれるかと思われたのですが、患者さんだけの努力では何もできませんでした。家族が無理矢理規則正しい生活をやらせていたという方が、近いと思います。

しかも当の本人は、喜怒哀楽を消失したように無表情なのです。それでも、本人の意志としては、うつ病を治したいという気持ちを強く持っていることは伺えました。実は、身体的にはこの頃が最も色々な症状が表面化した時期もでもあったのです。

例えば、手足の震え、無表情、目のクマ、頭痛、肩こり、排尿障害、睡眠障害などなど、主治医からは「うつ病の症状全てが出ている感じですね」などとも言われたものです。こんな状態が続けば、なかなか完治すると信じることは難しくなってしまいます。

社会復帰への挑戦

日々の状態を見れば一進一退が続く中、それでも月単位で症状を比較すると、着実に快方に向かっていることが分かります。そんな中、主治医から「仕事に復帰してみませんか」との言葉をいただきます。この時は、家族みんなで喜んだものです。これで、うつ病完治への道が開けると…。しかしながら、完治への道は厳しいものでした。

ボランティアから社会復帰へ

仕事に対する恐怖心から職場への復帰ができません。結局、最終的には元の職場復帰を断念して、リハビリとしてのボランティア活動、そしてアルバイトをすることで社会復帰の運びとなったわけです。

さて、それではこれでうつ病が完治したと言えるのでしょうか?残念ながら、この時点では再発防止のための薬を服用している段階なんですね。これでは、うつ病の完治とはいえません。

同棲、そして結婚

アルバイトを始めたことから、収入を得ることができるようになって、うつ病の完治に向けて大きく前進することができました。そしてこの頃、かねてより交際していた男性と同棲をすることになります。

手放せない薬

同棲中も、薬を手放すことはできませんでした。2週間に一度の心療内科クリニックへの通院、そして、アルバイトという日々を過ごしていました。ここまで回復しているにもかかわらず、たまに不安な気持ちがこみ上げてくることもありました。

そんな生活を続けて行く中、金銭的な見通しが立ったことから、結婚の運びとなったのです。ここまで来ても、まだ薬を手放すことはできません。本当にしつこい病気なのです。

妊娠に耐えられますか?

夫婦生活を営むということは、いつ妊娠しても不思議はありません。うつなどという病気を抱えていなければ、大変喜ばしいことですよね。しかしながら、この妊婦さんはうつ病患者でもあるのです。はたして母体は、精神身体ともに妊娠に耐えることはできるのでしょうか?

受け付けない産婦人科

心療内科などに通院治療中の、うつ病患者でもある妊婦さんは、普通の産婦人科では受け入れを拒否されてしまいます。残念なことに、彼女は近場の産婦人科の病院から拒否されてしまいました。

うつ病が完治していないと、こんなところにも影響してくるんですね。しかたがないので、自治体の相談窓口で相談したところ、産婦人科医と精神科医が常駐する大きな総合病院を紹介してくれました。

試練続きのマタニティ生活

妊娠の経験のある方であれば、お分かりいただけると思いますが、妊婦さんというのは非常に精神的にも不安定なことがあったりします。ましてや、現在進行形のうつ病患者さんですからね。妊婦さん本人はもちろん、精神科医にしても極力薬の服用は抑制する形で指導するわけであります。

そうは言っても、やはり不安な気持ちが大きくなってしまうこともありました。そんな時です。切迫流産の危機が襲ってきました。結局、出産までの最後の一ヶ月間は病院で過ごすことになってしまったのです。ただ、旦那さんも含めて、家族の人たちからすれば、産婦人科医と精神科医のいる病院が一番安心できる場所でもあったんですけどね。

出産、そして奇跡が!完治するうつ病

最終的に一ヶ月の入院生活を経て、彼女は無事、元気な男の子を出産しました。メンタル面でも精神科医のお陰で乱れることもなく、また難産にもならずに、母親となることができたのです。そして退院することとなったのですが、旦那さんは奥さんの病気のこともあって、一ヶ月の産休を取ってくれました。

そのお陰もあって、また実母の協力を得ることで、子育ても順調にスタートすることができました。そしてこの時期に、奇跡と言っても良いことが起きたのです。出産してから、うつの兆候が一切現れないんですね。

入院期間中も薬を服用することなく精神科医との面談で過ごしていました。そこで、元々通院していた心療内科に行って診察してもらったところ、「〇〇さん、やっとうつ病から卒業できましたね」「もう、クリニックにくる必要はありません」「おめでとう」とのありがたいお言葉…。

出産で完治したうつ病

彼女は、子育て真っ只中の睡眠不足の状態が続く中にあっても、「子育てが楽しくて仕方がない、本当に幸せなことです」と語っていました。本人は以前、うつ病治療の抗うつ剤の影響で、不妊症になってしまったかもしないと悩んだ時期がありました。

幸せホルモンと癒しのホルモン

これは、想像の世界になってしまいますが、不妊かもしれないという悩みを経た上での妊娠と出産なのです。母親になった喜びを全身で表現していました。あの姿をみたら、“幸せホルモン”と言われるセロトニンと、“癒しのホルモン”と言われるオキシトシンが、全開で分泌されているのが見えるようでした。まさに、母は強しといったところでしょうか?

うつ病完治のその後

うつ病に悩む方たちにとって、例え他人のことであっても、実際に完治した人がいるのかどうか?あるいは完治したその後、再発したりしていないかどうか、非常に気になるところだと思います。

私も以前、アメーバブログを開設して、うつ病と闘う方たちのブログを探したことがあります。ところが、実際に完治しましたという方のブログに、行き当たることはありませんでした。会員数が東京都の人口を超えるアメーバでさえそうなのです。

中には、治りましたというものもありましたが、どうしても商売をしているように見えてしまうんですね。ブログに広告が掲載されていれば当たり前のことです。だからこそ、今回ご紹介しているような、うつ病を完治させて、その後も再発していないという事実は、非常に勇気を与えてくれるのではないかと思うのであります。

ちなみにこの女性は、心療内科クリニックを卒業してから3年経過しておりまして、うつの兆候も全くありませんし、薬も一切服用していません。さらに言えば、もう一人子供を出産して、二児のママさんをしています。うつ病完治のその後は、二児の母ということです。

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